昔、ここに産女がいました。 産女とは、子を産む事ができない女の事で、そのような人はその理由から離縁される事もありました。 その女もまた、同じ理由で離縁されたのです。 人一倍、子供が欲しかったのにもかかわらず、彼女は子供を作れなかったのです。 今までやってきた、おまじないも祈りも願いも無駄になり、女は社の前で途方にくれ座り込んでいました。 日が昇り、沈むまでの間、女は所在なさげにしていました。 彼女の前を何度も子供たちが往来し、時に幸せそうな親と共にいる子供たちもいました。 その様を怨めしそうに見ていると、男が立ち止まりました。 見ると、ひどく悪い顔色をしており何らかの病を持っているようでした。 彼女は、心配になって男の元に駆け寄ろうとした時でした。 男の口から粘度の高い透明な水が出てきて、それは地面と彼の口の間で人型を成したのです。 次第にその水は透明感を失い赤ん坊のような肌を作り上げました。 髪はいつの何か黒くなり、顔も姿も人の子と同じ物になっていたのです。 何も存在しなかったここに、子供が一人誕生してしまったのです。 男に話を聞くと、男は成人した時辺りからこのような生命となる粘度の強い水を吐く体質になったと言い、今まで虫が泳ぐ水や草木となった水を吐いてきたが、まさかこのような人の子になる水を吐く事になるとは思わなかったと言いました。 女は、子供を産む事ができなかった女は、この子を引き取りたいと言い、男もそれに同意しました。 女に新たな生活が始まります。 男が吐いた水の子が彼女の家族となり、今までの暗い気持ちが一気に晴れ渡った心持ちになれたのです。 その子は女の子で、言葉も話さず、ほとんど歩きもせず、ぼおっとしていましたがしばしば思い浮かべる笑顔は人の心を明るくさせるものです。 始めは女の子をちゃんと触る事ができるのか、何せ男から出た水が元でしたから心配でしたが、それについては問題なく、頬擦りもできます。 特に他の子とは変わりありませんでした。 でも、その子が初めて言った言葉は不吉でした。 さよなら、もう会えない。そう言ったのです。 女は、そんな事を言うなと何度も言いましたが、それしか言う事がありませんでした。 女はその子へここから去ってしまわないよう、好む物ばかり与えます。 それでも女の子はそれしか言わないのでした。 ある日、とっても晴れた日の朝。 女が起きると、隣で眠る女の子の体がしぼんでいくのがわかりました。 日の光で滅していく魔物のように、そよ風に吹かれ壊れる城のように、静かに女の子は崩れていったのです。 女は何度も何度も叫び、その子へ叫んだのでしたが、ただ母になってくれた女へ微笑みを向けたのでした。 女がもはやどうする事もできないと悟って流した涙は、その子への宝物となったのでした。 産女の女は、二度と生命となる水を吐く男に出会うことはなく、女はあの子の鎮魂を願い一つの碑をここに立てたのでした。 |